東京2020オリンピックに続いて開催されているパラリンピック競技大会も、余すところ数日となりました(本稿は2021年9月1日記載)。今月は、このパラリンピックで日本代表選手をサポートする縁の下の力持ち、義肢装具士の臼井二美男さんのことを紹介しましょう。開会式の聖火リレーでは聖火を運んだ一人でもあります。
臼井さんの仕事は、事故や病気で手足を失った人たちのために義手や義足をつくること。シドニーから6大会連続出場、悲願のメダル獲得を目指す陸上(走り高跳び)の鈴木徹選手や、アテネ、北京、ロンドンの3大会に出場し、走り幅跳びからトライアスロンに転向し、見事に代表切符を手にした谷真海選手(旧姓・佐藤選手)など数多くのアスリートを支えてきました。谷選手は東京2020オリンピック・パラリンピック招聘のプレゼンテーションでのスピーチや、開会式では旗手として日本選手団の先頭を歩いた人です。
臼井さんの著書「転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由」(ポプラ社)によると、谷選手は大学3年生のときに骨肉腫というがんにより右足の膝から下を切断、落ち込んだ日々が続いていました。そして臼井さんを訪ねます。初めて会った日「ちょっと走ってみたら」と言われとても驚いたそうです。臼井さんが谷さんに贈ったのは日常生活で痛みから解放してくれる優れた義足だけでなく、アスリートとしての扉を開くきっかけでした。
谷選手は「たとえ障がいがあっても、夢に挑戦することはできます。必要なのは一歩踏み出す勇気と、そのきっかけ。臼井さんの義足はまさにそのきっかけになってくれました」と語っています。
臼井さんは、今から35年ほど前、大腿義足で全力疾走をする海外の選手の写真を目にして衝撃を受けます。当時日本の技術では、ひざ下を切断した人は歩くことができればいい方でした。ましてやスポーツ義足は海外でしか手に入らない。そこから臼井さんの挑戦が始まります。教えてくれる人がいない中で、海外の本、写真や資料、アメリカでつくられた大腿義足を元に研究を重ねていきます。毎晩遅くまで働きましたが「それでもぼくは、いっこうに苦になりませんでした。それどころか、夢に向かって挑戦していることが楽しくて、楽しくて、仕方ありませんでした。ぼくは、走るための義足づくりに夢中になりました」と自著に記しています。
今では義肢装具士の第一人者となった臼井さんですが、「一生の仕事」を探したいと群馬県から東京の大学へ進学。しかし見つけることができず中退してしまいます。その後、いろんなアルバイトを転々としますが、28歳で結婚を期に手に職を付けようと職業訓練校に行きました。そこで「義肢科」というコースを目にしたとき、小学6年生だった時の担任の先生が、骨肉腫で脚を切断したことを思い出しました。その先生は片脚が義足になり、児童たちに義足を触らせてくれました。その時の衝撃的な記憶がよみがえり「義肢装具士」になるきっかけともなりました。
「28歳になるまで、やりたいことが見つからなかったぼくが、こんなふうになるなんて、人生はどうなるかわからないものですね。将来、やりたいことがない人や、夢や目標が見つからない人がいるかもしれません。そういう人は、ぜひ『なんでもやってみなけりゃ、わからない』という気持ちで、目の前のことにチャレンジしてみてください。きっと、なにか見えてくるはずだと、ぼくは思います」と語っています。
また、「頭の中でむずかしいかな、と思っても、実際に手を動かしてみると、思いもよらないアイデアが浮かんだり、ヒントが見つかったりします。『なにごともやってみなけりゃ、わからない』それが、義足に対するぼくの考えです。そうやってできた義足で、楽しそうに過ごしている患者さんの姿をみたら、がんばってきてよかったと、とてもうれしくなります。この仕事をやっていてよかったと思う瞬間です」とも記しています。
臼井さんを訪ねる人のうちアスリートは一割程度で、訪問者の多くは病気や事故で脚を切断した子供から高齢者と様々。臼井さんは一人ひとりの話をじっくり聞き、雑談からも目標や生活スタイル、好みや性格などを感じ取って、その人にあった義足を提供しているそうです。辛い思いを抱えている人たちに「歩く」ことをサポートする。人生に寄り添い、前向きになるきっかけをつくり、背中をそっと押す。臼井さんの仕事の立ち位置です。「小学生ぐらいの子供がスポーツをやるようになると、すごく明るくなるし、たくましくなるんです。そういうのを見ていると、この仕事をやっていてよかったと、やりがいを感じますよね」と、ポプラ社のサイト「こどもっとラボ」で語っています。
自分の仕事が感謝され、少しでも関わった人のきっかけとなり、背中を押すことができたら、もっとがんばろうと思う。まさに仕事の醍醐味です。人との出逢いから生まれるものは測り知れません。まさに「誰かの役に立っている」という喜びが、仕事のモチベーションにつながるのは、真理に違いありません。
パラリンピックの熱戦の陰で、その姿は映像には映らないでしょうが、臼井さんは競技場のどこかでアスリートを見守っていることでしょう。
出典:臼井二美男著「転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由」(ポプラ社)
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