今月の理事長だよりは、少し趣の変わった話題を提供してみたいと思います。
現在、大阪府では、全国で初めて導入される高校の「授業料完全無償化制度」が大きな話題となっています。来年度から段階的に、大阪府民なら府立高校(以下、府立)も私立高校(以下、私立)も授業料を完全無償化するという、吉村知事が4月の府知事選で選挙公約に掲げ当選した政策です。
ところが、大阪府下にある全日制私立高校96校の全てが加入する大阪府私立中学校高等学校連合会が5月29日の総会において、新制度への参加を留保するという意向を示し風雲急を告げる事態となっています。少し込み入った話になりますが、皆さんにも是非理解してほしいので、以下簡単に説明をします。
無償化制度そのものについて、私学サイドが必ずしも反対しているわけではなく、理念そのものには大いに賛同しています。サッと聞けば、誰が聞いても大歓迎に違いありません。ところがその中身は、無償化の条件として補助金の上限(キャップ制)を超える授業料はそれぞれの学校法人が負担することと厳しい条件を突きつけられているのです。このような費用負担が毎年増大すれば、私学の多様な教育が圧迫されてしまうおそれが強くなります。私学らしさの特色教育が求められる中、授業料完全無償化の名のもと、全ての私立は上限(キャップ制)以下の教育をしなさいと命じられているのと同じであり、このままでは金太郎飴のように、どこの私立も同じような中身となり、独自性が損なわれると危惧しているのです。
私立は府立と違い、土地・校舎・設備など全てを各学校法人が自己負担で用意しています。府立は公の別予算で全て賄われているのでこのような負担の悩みとは無縁ですが、私立はそうはいきません。今回の制度がもたらす過大な負担増で、校舎の建て替え、教職員の人件費などの支出に支障が出るおそれがあります。ますます私立教育と府立教育の質の差となり、健全な競争関係、切磋琢磨する関係が崩れることに繋がってしまいます。
私立へ通う生徒の保護者も、府立へ通う生徒の保護者も等しく納税しています。しかし、府立の生徒への教育に公費から手厚く予算配分されている中、私立の生徒への予算配分は圧倒的に少ないのが現状です。今後、私立の生徒一人あたりにかかる教育費が上限(キャップ制)で抑えられることは、結果として教育サービスの低下に繋がり、私立へ通う生徒の保護者にとっては、等しく納税しているにも拘らず受益する格差は放置されたまま、低水準の教育しか我が子に受けさすことが出来ない事態となります。
例えば病院を選ぶ時の健康保険のように、自己負担は変わらないので費用面で公立・私立どちらかの病院を選ぶ人はいません。高校教育もそのようにあるべきと私は考えています。なぜなら、義務教育の小・中学校のように、全ての府民に公立として席を用意していない中、今や府民の間で義務教育化されているのが高等学校段階の教育です。府民全体の高等学校への進学希望を叶えるには、必ず誰かが私立へ進学しなければならないのが、大阪府の教育計画なのです。すなわち、府立だけでは受け皿が足らない部分を、私立も共になって公教育の重要な一端を担っているからに他なりません。
前述のように、今回の「授業料完全無償化制度」は一律に私立の授業料の上限を決めつけ、独自性、多様性を奪う性格を帯びています。現状のように、府立と私立の間で公費支出の差が大きくある環境下では、授業料などは、独立した私立の自己責任に任せるべき性格のものです。また行政サイドによると、今回の「授業料完全無償化制度」では、入学金は無償化の対象外なので自由に価格を決められるとのことですが、授業料を性格の違う入学金へ価格転嫁することを誘導するもので、そのような便法をなぜ余儀なくされるのか、大阪府私立中学校高等学校連合会の総会において大いに疑問に感じたことが、新制度への参加を満場一致で留保した所以だと思います。
さて、本年度の生徒増に伴い校舎のリニューアルをした履正社中・高校としては、次年度のリニューアルも待ったなしです。非常に大きな問題を抱え、私学サイドと行政サイドの話し合いが続くと思われますが、履正社としてどうするか、教育の劣化を如何に防ぐか、慎重に検討し判断せねばなりません。