10月も中旬になり、やっと過ごしやすい季節になりました。今年の夏は猛暑だっただけに、待ち遠しかった秋の到来です。秋にはさまざまな顔がありますが、今回は「食欲の秋」に焦点を当ててみましょう。
私の「思い出の味」は幾つかありますが、代表格の一つに「からすみ」があります。「からすみ?」と聞いても若いみなさんの中には知らない人もいるかも知れません。関西ではあまりポピュラーではありませんが、長崎県の特産品として空港や土産物ショップで見かける高級食材です。「酒の肴」の珍味として有名です。
この「からすみ」は、魚のぼらの卵巣を塩辛く乾燥させた物で、18世紀の初めに中国から伝来したと言われています。江戸時代以降「長崎のからすみ」は、「越前のうに」、「三河のこのわた」とともに「日本三大珍味」と呼ばれ酒豪家に愛されてきました。名前の由来は中国の墨「唐墨」に似ている形状から来ていますが、色は黒でなくベージュ色です。
ではなぜ「からすみ」が私の思い出の味なのかと言うと、それは私が小学校1年生の頃にさかのぼります。祖母が「からすみ」を非常に薄くスライスして電熱器でさっとあぶり、祖父の晩酌の肴に出していました。祖父の釜谷善藏初代理事長・校長は、このからすみ三切れほどを毎夜の晩酌時に好んで食べていました。厳格な祖父の前で私は、祖母のとなりに正座をして神妙にしていましたが、時には80歳近くの祖父が「等にもやりなさい」というと、やっと私にも分け与えられたその一切れがなんと美味しかったことか。からすみは塩辛くて濃厚な味です。子どもの口に合うようなものではありませんが、特別なものをもらったような気がしたものです。喜ぶ私を見て祖父母も嬉しそうで、以来、からすみが私の好物になりました。
歳を重ねるにつれ、味覚も変わります。部活の後食べたかき氷、プール帰りに買った一個10円の熱々コロッケ、夜食のインスタントラーメン、毎朝作ってもらったお弁当、社会人になり初めて食べたとらふぐ等など、人それぞれ、人生の様々な場面で出会う味があります。それは「世の中にこんなにおいしいものがあるのか」と思うようなものもあれば。逆に「当時はおいしいと思ったんだけどな」というものもあるでしょう。「思い出の味」には人それぞれにちょっとしたエピソードがあり、そのとき感じたことや一緒にいた人、出来事がクロスして一人ひとりの「食の記憶」ができていくのでしょう。
「あなたの思い出の味はなんですか?」
久しぶりにからすみが食べてみたくなりました。秋は懐かし思い出がよみがえる。そんな季節にも感じますね。