「セレンディピティ」という言葉、聞いたことがあるでしょうか。
広辞苑には「思わぬものを偶然に発見する力。幸運を招きよせる力」とあり、研究などの世界でも偶然を見逃さずに発見につながった時、使われることが多いそうです。
例をあげると、私たちがよく使う「付箋」は、接着剤の研究開発中に起きた、くっつくけれどはがれてしまう失敗作でした。でも、逆にその特性を生かして誕生した大ヒット商品です。同じく、たんぱく質やDNAなど、巨大分子の質量を測る方法を開発した島津製作所の田中耕一さんは、液体を間違えて混ぜてしまいますが、もったいないとその試料で実験を続け大発見につながり、結果ノーベル賞を受賞しました。
いずれも「思わぬ事態から成功へ」となった好事例です。しかし、これらは単なる偶然で起こったことではありません。並々ならぬ努力と土台があったからこそ、普通なら失敗で終わるものを、優れたひらめきで転換し成功に導いたと言われています。
では、セレンディピティをつかむためには。
細胞生物学者で京都大学大学院医学研究科の月田承一郎教授著作の「小さな小さなクローディン発見物語」の一文をぜひ皆さんに伝えたくて、ここに記します。教授は動き回る(実験科学では手を動かして実験する)ことが必須条件としたうえで、「セレンディピティを持ち合わせている人は、皆が気づかない宝がすぐそばに落ちているのに気づくのです」と書いています。タイトルにある「クローディン」とはたんぱく質のひとつで、細胞と細胞の間を水やたんぱく質などが漏れないようにシールをする重要な役割を果たすものだそうです。この発見までに教授の研究チームは何度も局面を迎えますが、いくつかのセレンディピティなことで乗り越えます。ひとつは発見に大きく関係する分子配列にたどりついたことでした。それはすでに海外の研究者が発表した文献に小さく記載されていましたが、発表者自身は重要視していませんでした。月田教授には宝として見えたものが、他の研究者には見えなかったのです。
違いはどこにあるのか。
それは『視力』の差だと、そしてそれは鍛えることができると強調されています。「一生懸命勉強すればいいのです。ただ、情報を羅列的に頭に入れるだけでは『視力』は高まりません。自分なりの知識体系を頭の中に作るのです」「また、知識が幅広いことも大切です。どんな種類の宝がたまたま落ちているか分からないからです。ですから日ごろの学習は大変大切なのです。『何でこんなことを勉強しなくちゃいけないの』とよく思うこともあるでしょうが、『将来宝物を見逃さないための全方向の視力を高めるためだ』というのが正解でしょう」と続きます。教授は基礎的な学びを土台とし、さらに専門的な学問が『視力』をもつことにつながったと著作の中で熱く語っています。
実は、この本には「若い研究者へ遺すメッセージ」という副題がついています。教授は52歳の若さですい臓がんにより2005年に亡くなりました。同書はがんと向き合いながら、2週間ぐらいで書き上げたものだそうです。「あと15年は研究を続けたい」と綴られていて、最期に研究者として次の世代に伝えたいという思いが文面から伝わる。胸に響きます。
4月から新しいステージへ向かうみなさん、セレンディピティのような力、ほしいですよね。自分がこれと決めたテーマにとことん真摯に取り組む。そうすればきっと宝物と出逢えるはずです。
出典:東京理科大学MOT大学院・宮永博史教授著「成功者の絶対法則 セレンディピティ“偶然のひらめき”は失敗のあとにやってくる」