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理事長だより

Vol.20 「強くならないと見えない景色」

「強くならないと見えない景色があると思うので、立てるように頑張ります」高校生の藤井聡太二冠が、14歳2カ月で62年ぶりに史上最年少棋士となり、デビュー14連勝を飾っていた2017年5月頃の言葉です。勝利は歴代最多連勝記録を塗り替え、29連勝まで続きました。

その後も破竹の勢いで次々と将棋界の記録を塗り替え、今年史上最年少で木村一基九段から王位のタイトルを獲得しました。続いて棋聖戦では現役最強、「魔王」の異名をもつ渡辺明名人を下し、17歳11カ月であっという間に二つのタイトルを手中におさめます。この快挙、将棋について詳しくない私でも「おおっ!」と拍手喝さいです。「頭脳の格闘技」とも表現される将棋の世界で、「強くならないと見えない景色を見てみたい」というその探究心。AIに棋士が負けたり、棋士自身が研究にAIを用いる状況の中、棋士・人間がもつ可能性について聞かれた折には、「将棋界はAIとの共存期を迎えており、そのようなとき今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変のもの。その価値を自分自身も伝えられたらと思います」と淡々と語る姿。若き天才の心構えにも感心せずにはおれません。

棋聖戦で魔王・渡辺明名人から藤井二冠が勝利を決めた一手「3一銀(さんいちぎん)」が凄いらしいです。世界コンピュータ将棋オンライン大会で優勝した将棋ソフト「水匠」を作った杉村達也さんによると、「3一銀」という手は「水匠」に4億手を読ませても5番手にも上がりませんが、6億手を読ませると突如最善手として浮上するものだったそうです。4億、6億手?もはや異次元の世界、「恐るべし、藤井聡太!何者ぞ?」ですね。

まさに神がかった藤井二冠、18歳とは思えない落ち着いた物腰や言動も注目されていますが、そんな彼が8歳の頃に子供同士の試合で負け、泣きじゃくる姿がテレビで流れていました。「かわいいな」とほほえましく見ていましたが、「負けて悔しい」あの姿が藤井聡太という“勝負師”の素の姿のようです。

藤井二冠の師匠、杉本昌隆八段の著書「弟子・藤井聡太の学び方」によると「泣くことが次のモチベーションにつながります。そうした挫折と浄化と再起を何度も繰り返し経験したことが、藤井が短期間で強くなった要因の一つでしょう」と書かれています。

今でも「負けると実に悔しそうな顔をします。その悔しさが才能を伸ばすエネルギーになります」「藤井が今、人前やテレビで見せるのは、年齢のわりには落ち着いていて、勝っても負けても淡々としている姿です。しかし実のところ、彼の深奥では激しい闘争心が脈打っているように私には見えます」と続きます。一方で「藤井は切り替えが実に早い。そのときはとことん悔しがっても、次の勝負では負けたことを引きずらない」「彼の強さの理由を突き詰めると、根底には“将棋が好き”ということに尽きてしまうようにさえ感じます」と杉本八段は語っています。

マグマのように沸き起こる「悔しい」という気持ち。それは次へ進む原動力になるんですね。藤井二冠は残念ながらその後、王将戦挑戦者決定リーグで羽生善治九段、豊島将之竜王、永瀬拓矢王座に敗れました。でもその負けも、「負け」で終わらせない。彼の頭と心の中で、闘志となり栄養になって成長していく。その繰り返しで「強くならなければ見えない景色」に近づいていくのでしょう。   (本稿は2020年11月1日記載)

そんな景色、私も見てみたい。皆さんにもいろんな景色を見てほしいと思います。「え、でも藤井君は天才だから、次元が違うでしょ!」と思うかもしれません。でも、本校では履正不畏・勤労愛好・報本反始の校訓を皆さんに伝えてきました。この精神をバネに自分にとっての高いハードルを越えた卒業生を沢山見てきました。不断の努力が結果につながる。「悔しい」ことに出くわした時、その気持ちをエネルギーに変える。まさに「ピンチはチャンス」。そうすればあなたにも、新しい景色がきっと見えるに違いありません。

【出典】
Sports Graphic Number1010・9月17日号「藤井聡太と将棋の天才。」
PHP文庫「弟子・藤井聡太の学び方」
NHK「藤井聡太二冠 新たな盤上の物語」

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