鉄腕アトム、火の鳥、ブラック・ジャック、リボンの騎士…。阪急十三駅宝塚線と神戸線の地下通路に、漫画の神様、手塚治虫さんが生み出したキャラクター達が描かれています。毎日の通学で目にしている人も多いのではないでしょうか。
手塚さんが描く作品は幅広く、漫画やアニメーションで過去や未来、バーチャルな物語など様々な世界に我々を連れて行ってくれました。その功績は大きくて、数多くの漫画家はもとより、「鉄腕アトム」からロボット開発の道に進んだ人、医療漫画の先駆け「ブラック・ジャック」を読んで医者をめざした人がいると聞きます。また、「ジャングル大帝」はディズニー映画「ライオンキング」に影響を与えたのでは?という説もあります。
日本のみならず、世界の人々に計り知れない影響を与えた手塚さんは、幼少期を宝塚市で過ごし、その記念館が同市にありますが、生まれたのは豊中市の岡町で、3歳から5歳ぐらいの間は履正社中高の最寄り駅曽根に引っ越し、学校から近い萩の寺の近くに住んでいたとか。少年期は現在の大阪教育大附属池田小学校や北野高等学校に進学し、阪急電車で宝塚から十三まで通学していたそうです。そのため、第二次世界大戦末期、自身が空襲を受けた経験をもとに描いた「紙の砦」は十三あたりの淀川が描かれ、「どついたれ」でも中津のシーンが登場します。巨匠が本校に近い場所で育ち作品に描かれているのが、身近に感じられてなんだかうれしく思います。
そんな手塚さんが平成元年(1989年)に亡くなって30年余り、令和の時代であればどんな作品を描いただろうという思いから半導体大手メーカーキオクシア(旧東芝メモリ株式会社)が「TEZUKA2020」と題したプロジェクトを立ち上げました。そして、今年の2月手塚作品をAIで解析し生み出された漫画「ぱいどん」が発表されました。
プロジェクトにあたりキャラクターの生成が試みられましたが、機械にとって漫画はただの線や模様でしかなく、アトムのツノや御茶ノ水博士の大きな鼻は人の顔と認識できなかったとか。そのため「転移学習」という手法で、世界中の人間の顔を学習したAIを用い、なんとかキャラクターが誕生。ストーリーもAIでは漫画の物語をまだ理解できる段階ではなく、人間が手塚作品を文章化しAIに学ばせて解析させたものを、人の手で肉付けしていったそうです。そうしてキャラクターと筋書きができ、2030年東京でホームレスの哲学者「ぱいどん」が小鳥のロボットと事件を解決するという作品が生み出されました。
今の技術ではこのように、AIだけで漫画の作品を完全に生み出すことはできない。機械と人間の共同作業でないと難しいようです。でも、機械で漫画が描けなくて、私は少しほっとしています。機械が人間と全く同じようになる日が、そのうち来るのでしょうか。手塚さんは「アトムは完全じゃない。なぜなら悪の心を持たねぇからな」と漫画の登場人物に語らせています。
また、「生活とか生存に困難な場所に生きる生物ほど、生活力・繁殖力への渇望が強くなる。人類の存亡が問われるような時、大変な数の人間が、超能力を発揮できるんじゃないか」と予言めいた言葉も残しています。人類は今、目に見えない敵、新型コロナウィルスと闘っています。今後やって来るであろう波に備えて様々な立場の方々が、全力で闘っています。亡くなった方々のご冥福を祈るとともに、手塚治虫さんが言うように、超能力が発揮されてウィルスなど恐れるに足りない人類になることを願う心境です。(本稿は2020年6月1日記載)